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再検証・菅首相の原発事故対応③(完)「吉田とじかに話したい」 [菅内閣震災対応]

再検証・菅首相の原発事故対応(3完)「吉田とじかに話したい」

ベントをめぐる菅の混乱はここから本格化する。

「吉田とじかに話したい」

菅が現地視察を決断したのはこうしたことがあった。同時に「格納容器の中はさらに悪い状況になっているのではないか」との不安から、避難指示の範囲を半径3キロ圏内から10キロに拡大させ、その1時間ほど後にはベント実施を経産相命令として出した。

そんな対応が、放射性物質の放出をもたらすベントの最中に住民を移動させた、と後日国会などで批判を受けることになる。ただ、東電はベントの危険を承知しており、新たな避難が始まったことで作業を中断、実際にベントを開始したのは避難が完了したのを受けてからだった。

ただ、政府関係者は「あの経産相命令が、東電を、政府の指示がなければ動けないようにさせた」と指摘する。

一方、菅が現地視察を言い出したことは、ベントに集中していた官房長官の枝野幸男や海江田、班目ら官邸に詰めた関係者全員にとって、自ら被(ひ)曝(ばく)しに行くようなものであり「まさか」のことだった。

もっとも、東電側は「ベント作業への影響はなかった」とし、菅自身も「吉田所長と会って話してきたことは後々非常に役立った」と成果を強調する。しかし政府関係者は一様に「どこで生かされたのかはわからないし、首相も具体的には言わない」という。

 

15日未明、菅の東電不信は頂点に達した。「東電が現場から撤退する」との情報がもたらされたためだ。前日の14日は3号機でも建屋の水素爆発が起き、15日未明には2号機の圧力抑制室(サプレッションルーム)が損傷した。

菅は東電へ直行し、清水らに「撤退なんてあり得ない」と怒鳴り散らし、東電内に政府と東電の統合連絡本部の設置を決め、首相補佐官、細野豪志(当時)を東電の監視役につけた。

ところが、東電に「撤退」の選択肢はもともとなかった。「一時退避して態勢を立て直す」方針だったのを、官邸内の誰かが間違って解釈したのだ。

菅は「週刊朝日」のインタビューでも、15日未明に東電が撤退しようとしたと主張している。

政府の事故調査・検証委員会はすでに吉田ら東電関係者のヒアリングを行い、近く菅ら政府首脳のヒアリングも行うとみられる。検証委はどのような結果を出すのか。(敬称略)


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